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5.
嵐――――。
漆黒の闇の中、一筋の光もない冷たく激しい風の世界。
静かな山はいつの間にか普段とは程遠い異世界に成り果てていた。
風は風を砕き全く音のない場所などない。時に高く時に低く
山鳴りとは全く異質で物理的な重みのある音と風と闇の世界。
この山が豹変して幾時間が経っただろう。
聞こえる。風とは別の鋭く高い音が聞こえる。
ガキッ………ガキィン…………。
その途切れ途切れに聞こえる音の近くで微かに人の声がする。グラスだ。
「くそっ。やっぱ石場は歩き辛いな。」
先程から聞こえる音はどうやら彼が地面に剣を突き立てる音らしい。
「どっかに休めるとこないかなぁ。」
などと愚痴を溢す。しかし、すぐさまその声は風にかき消される。
「あ。」
だから、言霊って怖い。いや、言ってみるもんだ。
「家や!!」
黒き木々の間に仄かに明かりが見える。しかもかなり近くだ。
この酷い嵐の所為でこの距離になるまでわからなかったようだ。
けっこうしっかりした丸太製の掘建て小屋。
少し大きめのドアの横にまさしく田んぼの田のような窓が一つ。
そこから漏れる明かりがグラスを導いたのだった。
ドアに駆け寄る。
「すいませぇぇぇん!!」
その一声から2分経っても小屋からは何の音沙汰もない。
誰も居ないのか?窓を覗いてみる。
中には暖炉の側に腰掛けた老人と、一台の掃除機が見える。
独り暮らしにしてはやけにデカイ掃除機だ。業務用なのだろうか。
窓からは何を読んでいるかわからないが老人は読書をしているようだ。
掃除機もせっせと赤いじゅうたんを掃除している。
…………ん?掃除している?誰が?まだ誰か居るのか?
何れにせよちゃんと誰か住んでいるようだ。
当然だ。この小屋にはみつけた時から明かりが点いている。
というより、明かりが点いてたからみつけられたのだが。
さっきの声は嵐の音でかき消されたのだろうか。再びドアの方に戻る。
今度はドアを叩きつつさらに大きな声で叫んだ。
「頼もおぉぉ!!」
もちろん宿を貸してくれの意である。
しばらくすると今度は聞こえたのかドアが開いた。
一方、中の老人は耕天雨読の教えに従い天候が一変してからずっと読書をしていた。
「ご主人、何を読んでらっしゃるのですか?」
「うむ、孫子の兵法書じゃ。もうこれまでに何百回と読んでいるがの。」
「へぇー、好きなんですね。」
その時だった。平凡な会話の中に突然他の声が割って入った。
「頼もおぉぉ!!」
ふりむく召使い。
「ご主人、道場破りですよ!!こんな嵐の日に。」
「わかっておる。」
老人は静かにそう言うとパンと本を閉じドアの方へ向かって行った。
気圧の所為で重くなったドアを開けると、そこには剣を持った一人の少年が立っていた。
6.
貫禄のある低い声が嵐の風の中にも劣らず響く。
「小僧、こんな日に道場破りたぁ、いい度胸じゃな。」
「えっ!?」
「何じゃ、その拍子抜けした声は?さぁ表へ出ろ!!」
「いや、ここ既に外やねんけど…。ってそうじゃなくて!」
どうやら老人は勘違いしているらしい。
『頼もおぉぉ!!』という一つの言葉のとらえ方にズレが生じたようだ。
こういった言葉や文化のとらえ方の違いが世界レベルともなると
カルチャーショックなどとなる。世にも恐ろしいことだ。まぁ違うのも面白いが。
「早よぉ出い!!」
「わかったわかった。」
「小僧も剣を抜けぃ!!」
と、老人が剣を抜いた。老人の剣はどうやら刀だ。
小屋からの光が当たり刀身が金色に輝いている。
「しゃーねぇ勝負や!!」
グラスも剣を抜く。
「大風じゃな…。」
そう言うと老人の刀が段々かすれていく。
(何や?じーさんの刀が消えていく…。)
グラスがそう思った瞬間、刀が完全に見えなくなった。
「行くぞ小僧!!」
老人が突っ込んでくる。
(ん?)
ゴコッ………!!!!
一瞬だった。
「うがぁぁぁぁぁぁぁああああああ……………!!!!!!!」
「安心せい。峰打ちじゃ。命には別状ない。」
「ぐぅぅぅ、左腕がぁ…。」
グラスの言う通り、左腕は折れていた。
「手加減はしてある。わしが本気じゃったら峰打ちでも小僧の腕は胴体と離れ、
その胴体さえも半分ぐらい刀がめり込むじゃろうよ。」
「うっせぇ!!」
グラスは剣をその場に刺し、右手に…。
「やめておけ。魔法じゃろ。確かに剣術ではわしには勝てぬじゃろうな。
正しい選択じゃが。無理じゃな。」
「くっ…。」
「それに小僧、おまえは道場破りではないじゃろ?殺気がなかったからの。」
「そうや…。わかってるんなら何でこんなことを?」
「すまぬ。わしは剣を持ってる人間を見ると無償に戦いたくなる衝動に
駆られるのじゃ。そういう精神的病なのじゃ。
一度剣を交えた事のある相手じゃと症状は出んのじゃがの。」
「危ない病やなぁ。」
グラスの表情が引きつる。
「そうじゃ、危ないから、わしは家族と別れ故郷と別れ人里離れたこんな山奥に
召使いと二人で住んでいるのじゃよ。寂しいものよ。わしは昔人を斬りすぎた。
悪人相手とはいえな。その報いじゃと思っとるよ。」
「そうやったんか。ぃて…。」
左腕が痛む。
「小僧、うちに入れ。手当てしてやる。」
「いいよ。自分で治す。多分5時間あれば治る。」
「大丈夫じゃ。うちの召使いの三蔵は2時間ぐらいで治せるじゃろうよ。」
「マジで!?」
「勿論。」
インディアン嘘使ないって感じの表情をしだす怪しい老人。
半信半疑中に入る。中は先程覗いたあの部屋しかないようだ。
トイレはどこだ。トイレは外かい?他諸々気になるところだ。
中でも一番気になるのは掃除機デカイよ。
そういえば、この広い部屋に三蔵なる人間は何処に?
「おい三蔵、この小僧の腕を治してやれ。」
「はい、かしこまりました。」
どこから声がしたのだろう。ますますわからなくなるグラス。
(このじーさん、もしや新手の腹話術師か?)
その時、突然掃除機が動き出した。
「えっ?」
ビビるグラス目掛けて真っ直ぐに掃除機がやってきて、グラスの前に止まると
立ち上がった。立ち上がった?
「え〜っとわたくし召使いのコーネル三蔵です。」
「あ、どうも。???」
もう頭の中は?マークでいっぱいである。
しかし、その?マークを老人が見事に掃除してくれた。
「小僧、魔獣伝説は知っているな?」
「あぁ痛いほどに…。」
頭の中はもはや?マークと鳥人間コンテストでごちゃごちゃだ。
余計酷くなった。
「こいつはの、あれの例外じゃよ。」
「えっ?」
「こいつはの、生前掃除機が死ぬほど好きでの。普通は絶対動物なんじゃが…。」
「そりゃあんた掃除機好きすぎやろ!!」
たまらず掃除機人間につっこむグラス。
「規則は破る為にある!!」
やたら気合入りすぎの掃除機人間。
「あんたは破りすぎや。」
関西人の性。
「ある日ここにやってきたのじゃ。でな…。」
力説する老人をバックに漫才中のグラスと掃除機人間。
いよいよ異様な空間になってきた。唯一の救いは謎が解けたことか。
「ご主人がケガさせた人を何人も治してるうちにやたら回復系の魔法が
うまくなったんですよー。」
「へぇー、なんか大変さがよくわかるわ。」
「さて、いきますよー。マザーズティンクル!!」
この魔法は光合成のような感じで空気中の酸素と水分と光を利用して、
体の治癒・再生力を活性化して治すのだが、使う者の魔法力によって、
人間の持つ能力を数十倍も超えて回復する。が、過剰な魔法力を加えると、
細胞が老化し始める。つまり、魔法で治せるケガには限界があるのだ。
「それにしても、剣聖とか戦神と呼ばれるご主人相手に道場破りなんて、
大それたことを。」
こいつ一人遅れている…。めんどくさいが、説明しないと余計めんどくさく
なりそうなので、頑張って説明してみる。
「なるほどー、それでわたくしコーネル三蔵を訪ねに。回復魔法勝負いつでも
受けてたちますよ。」
もういい。グラスはそう思ったに違いない。やたら投げやりな気分だ。
城に行く事すらすっかり忘れている。
「話は変わって、小僧。お主中々やるのぉ。」
ん?すっかり忘れていたこの老人。まださっきの説明続けてたのか…。
もういい。グラスは二たびそう思った。鬱陶しいのがまた増えそうだ。
「小僧、さっきわしの刀が実は攻撃の一瞬だけ見えるようになるの気付いてたろう。」
「あぁ。(その話か。)」
グラスは内心ホッとした。またややこしい話になるかと思ってたので。
「わしはこの人生剣技を磨きに磨いたよ。」
「はぁそうっすか。」
「わしはこの長き人生の中で刀身を相手に見えなくする方法を身につけた。」
「はいはい、それで?」
話し出すと止まらないこの老人。やたら話したがる。
相当人恋しかったのだろう。まぁ聞いてて損はないだろう。
「あれはの、刀を自然に身を任せ風が吹けば風に従い水があれば流れに従い、
光や熱など自然界のありとあらゆるものの流れに逆らわず合わせることによって、
刀身を相手に見えなくするのだ。しかし、攻撃の一瞬だけは力を込めるので
自然に逆らってしまう。それで、あの時だけ見えたのじゃ。因みに己自身には
見えるのは光の屈折を利用しているからで……………。」
話は延々に続く…。わけがわからない。年の功という事にしておこう。
大体自分には見えて相手には見えないってどういうことよ?日本語も変だ。変。
もういい。グラスは三度そう思ったに違いない。作者さえそう思うのだから…。
「ところで小僧、お主剣の筋も中々良いが魔法の方がうまいじゃろう?」
ギクッ!?
ベタベタのリアクションだ。実は作者はウソをついていた。
実際グラスの魔法は少々どころではない。すいません。
「でも、剣が好きやねん。かっこえぇし☆」
「そうじゃろうそうじゃろう。剣はえぇぞ〜♪」
この後、思い切り剣の話で盛り上がる二人。
5時間後――――。
とっくにケガも治り、嵐も止み、山は静かな夜を迎えていた。
「そうそう、話は戻すが、グラちゃん。」
「なんや、じじぃ。」
すっかり意気投合してグラちゃんじじぃの関係になっている。じじぃ…。
「おまえさん、然る所で修行すれば、かなりの魔法の腕前になれるぞい☆」
「ほんまにぃ?」
「魔法にはコツがあってな、それがわかれば、威力は数倍数十倍にアップするのじゃ。
コツが解かってなくても使いまくっているとうちの三蔵みたいに
少しは上達するのじゃが、コツが解かればそれどころじゃないぞぉ!!」
なんか語尾に力が入った。
「おれ剣の方が好きやねんて。」
「おっよくぞ言うた。それでこそグラちゃんや!!あっぱれあっぱれ♪」
この後再び剣話に華が咲いた事は言うまでもない。
多分二人とも聞いてはいないが何時間も除け者にされている某掃除機人間が
一応声をかけておくらしい。
「あのぉ、眠いのでもう寝ますね。おやすみなさ〜い。」
作者も同意見だ。その夜、山は静寂とは程遠い場所となっていた。
ある意味まだ嵐は止んでいないのだろうか。まぁ止まない嵐なんてない。
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